« 映画を観てきたが | トップページ | 06月20日のココロ日記(BlogPet) »

2009/06/16

だから、こういうのが大嫌い

元々はMIXI日記で書いた日記なんだけど、あえて転送w

小向美奈子巨乳フライデーでロック座激怒(日刊スポーツ)

ルールは無視ですか?
そりゃ、悪い事をした事実は消えません
それやすったもんだで、ある意味「良いところではない」ところで再起を図ろうとしている
なんで、そういう人を平気で「客寄せパンダ」以上の仕打ちをするの?
ほっといてあげればいいのに…余計無い事をする必要あるのでしょうか?
喧嘩両成敗という人もいるでしょう…
確かに犯罪を犯した人だ。
弁護する気は無いけど、気を持ち直して再出発をしようとしている人がいるんだ
それを邪魔する理由はどこにあるの?
「元」犯罪者だから、永遠に仕打ちをしなければならないの?
そりゃ、永遠に仕打ちをしなければならない人はいるし、そりゃ、憎しみをももつ犯罪者も居る
でも、実際には永遠の仕打ちを受けさせなければならないのがレアケースじゃないのか?
(性犯罪者や金のために人を殺したやつとか、身勝手な犯行の場合くらいでしょう?)

「売れれば何でもやる」
「何で週刊誌よりも高い入場料を払って娯楽を楽しんでいる。その人たちに損をさせているの?」
「ある意味著作物を平気で侵害すること」
これが今回の事実でしょう。

見方を変えれば、
「ここでしか見れないのは惜しい。だから全国で少しでも見れるようにしてあげないといけない」
「犯罪者や、約束を破ったものがこんな事をしているんだよ」
としか思えぬ傲慢さ。詭弁。ペテン。そんなもんに正義とは言ってほしくないなぁ

はぁ。いいんだ。
「自分たちは特権と思っていらっしゃるのでしょうか?」
売れれば人をも傷つけることを平気でやってのける、今のマスメディアで働く人々
金と敵を陥れるためならなんでもするんでしょう?ふざけた人たち

インターネットをマスメディアの一つという風にくくられるのも嫌な話だ
だって、あいつらは、どれだけ目の敵にしてきたんだ?
売れないとなれば、平気でひっくり返す。
やり方は変わらずに…だ

マスメディアは、新聞社、出版社、放送局など、特定少数の発信者から、一方的且つ不特定多数の受け手へ向けての情報伝達手段となる新聞、雑誌、ラジオ、テレビ等のメディア(媒体)を指す。

まあ、そういう意味では、インターネットもマスメディアなんだろうけど、個人で何とか発信してどっちがどうなのかを素朴な疑問を出している人たちを、平気で潰しにかかる巨大権力
飛躍をしすぎているが、ある程度は事実だ
どんなに小さいな存在が大声をだしても、「自分たちが正義」ととてつもなく勘違いをしている「巨大権力の傘に居るのうのうと動でもいい事を欠いている者」が平気でその人たちを「ペン」で殺している日本の現状

元々中立性なんて無いんだよ。日本のすべての報道は「娯楽」の領域を出ないからだ
「娯楽」の為なら、「面白けらばすべてよし。人の幸・不幸なんて関係ない」と、どうしても、今の新聞・テレビ・雑誌には見えてしょうがない
(そりゃ、世界で非難されるわけなんだけどね)

まず、報道の原則というのがある
報道は表現の自由に基づく、報道の自由や知る権利に支えられている。反面、報道は客観報道の原則を守らなければならないとされる。
報道は報道を受け取る大衆との信頼関係の上に成り立っている。この為、報道は事実に基づいたものである必要があり、事実を追求するための取材が不可欠である。憶測や推測に基づく記事は、信憑性が失われる原因となり、結果として信頼関係を失うこととなる。 取材をして裏付けを取り、事実を報道することが、報道の原則である。

(とまあ、いつものウイキペディアですが)
事実だけを報道すれば言いだけで、真実は追ってはいけないんだよね
真実とは、うそ偽りのないこと。本当のこと。また、そのさま。
さて、誰が嘘・偽りの無い事を判断するのでしょうか?
つまり報道は事実だけを伝え、真実は伝えられないのである。それを平気で「真実だ」というのだから、そりゃ、おかしい話だ
事実は実際に起こった事柄。現実に存在する事柄。
それだけでどうして真実といえるのだろうか?
受けるもの、受けられるもの。どっちにも「真実」が存在するのだからそれを片方しか「表現しない」のだからその時点で「真実」とはなりえない。
もし片方だけの真実となれば、すでにもう片方の真実がなくなり、中立性ということが無くなる
それを平気で「真実」とやってのけるのが、こういうくだらない「週刊誌・一般新聞・テレビ」なんだから

根本的な問題「何を持っての正義で、何を持っての悪なのか?」
そもそもだ。このごろ分かったことは「悪」は存在しても「善」は存在しないのだから
んじゃ、悪とは?
多分、こんなことでしょう

「何かを傷つける事」

ちょいと事実を曲げた例
宗教が分かりやすいと思うので
Cの宗教の教義「自分たちがすべて正しい。それを全否定するIは悪い」としよう
Iの方も同様で、「自分たちが幸せになるには、Cを倒さなければならない」
片方だけをみると、それが正義になる
CがIを倒すこと(殺すこと・失くすこと)がCにとっては「正義」
IがCを倒すこと(殺すこと・失くすこと)がIにとっては「正義」
脚色しても、根本がこういうものだから、どっちも「正義」になる
第三者から見ればどっちも「悪」なんだけどね

な、正義って見方を変えれば「悪」の何者でもない
それは宗教に限らず、民族闘争も同じこと
何が正義なんて、生きている上で実は全然不要なもの
ただ一つの事実として…悪をしてはいけないこと
親切にすること、優しくすること…これを善とか正義とかと言っている事がワシに言わせればクソ喰らえってこと
「やって当たり前なこと」なのだから、人として生きていく事は
この場合「傷つけること」=「悪」という定義をすれば、それ以外はやらなければいけないことになる。
感謝することも大事だけど、それはそのときに傷つかなくてすんだからだからだ、自分だろうと、相手だろうと

宗教嫌い、大手新聞・テレビが嫌いな理由って、「悪を平気で「正義」として摺りかえる事」から
娯楽以外の正義はありえないわけだし
たとえどんなにそういう宗教があったとしても、結果的に「曲げられる可能性がある」

まあ、正直真実は自分の目で確かめたもの以外は真実とは思ってないけどね
人間には価値観というのがごまんとあるので、「真実」自体は存在しないかもしれない

娯楽(エンターテイメント)は人として生きていくためには必要不可欠であるけど、「報道の娯楽化」はあってはいけない。
報道は事実だけを伝えればよいのだから。
分かりやすく報道することと、自分さえ儲ければ他人はどうでもいい「報道の娯楽」を一緒にしないでほしいなぁ

たったこれだけの記事をここまでぶつけてみたw
あ~すっきり…するわけねーじゃん。
権力に媚を売ることしかできない報道屋や勘違い報道マニアがいる以上これにはどうすることもできないけどね。
でも、結果的に「本当のモノ」しか生き残る事ができない世の中だから、「売り上げがどうして落ちているか」なんて気づいちゃいないんだけどねぇ
それが、楽しいかなぁw

|

« 映画を観てきたが | トップページ | 06月20日のココロ日記(BlogPet) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 映画を観てきたが | トップページ | 06月20日のココロ日記(BlogPet) »